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書評

『デカルトの誤り』情動なくして理性なし、人は「感じる」から正しく考えられる

mike

「人は理性的な存在であり、感情は判断を狂わせるものだ」

そんなデカルト以来の考え方に真っ向から異議を唱えたのが、神経科学者である アントニオ・ダマシオ の著書『デカルトの誤り』です。

本書を読んで最も印象に残ったのは「感情は理性の敵ではなく、理性そのものを支える土台である」という主張でした。

フィネアス・ゲージが示したもの

事故によって前頭前皮質を損傷した彼は、知能や言語能力そのものはほとんど失いませんでした。しかし人格は大きく変化し、社会的規範を守れなくなり、将来を見据えた計画や、自分にとって有利な選択をする能力まで低下してしまいました。

ここで重要なのは、「論理的思考能力は残っていた」という点です。

つまり、人間は論理だけでは正しい意思決定ができないということです。

これは非常に衝撃的でした。

ソマティック・マーカーという「無意識のフィルター」

ダマシオはこの現象を説明するために「ソマティック・マーカー仮説」を提唱しています。

私たちは何かを選択するとき、まず論理計算を始めるわけではありません。

その前に、

なんとなく嫌な予感がする…

という、ごく微細な感情が先に生じます。

この感情が危険信号となり、多数ある選択肢を瞬時にふるい落としています。

つまりソマティック・マーカーは「ここから先は危険かもしれない」という自動化されたフィルターなのです。

その後で初めて、私たちは費用対効果を考えたり、論理的な比較を行ったりしています。

カーネマンのシステム1・システム2と似てる

読んでいて真っ先に思い浮かんだのが、ダニエル・カーネマン の『ファスト&スロー』でした。

カーネマンは思考を二種類に分けています。

  • システム1:直感的・高速・自動
  • システム2:論理的・低速・熟考

ソマティック・マーカーは、まさにシステム1が持つ「無意識のフィルター」と考えられます。

もちろん直感だけでは誤ることもあり、先入観や偏見によって、本来は有益な選択肢まで排除してしまう可能性もあります。

だからこそ、最後はシステム2による検証が必要になります。

しかし逆に言えば、このフィルターが存在しなければ、私たちはあらゆる出来事を一から分析しなければなりません

想像するだけで恐ろしいことです。

ソマティック・マーカーがない世界

もしソマティック・マーカーが機能しなかったらどうなるのでしょうか。

目の前に現れるすべての選択肢について、

  • 調べる
  • 比較する
  • 検討する

これを毎回繰り返すことになります。

一見すると合理的に思えますが、現実には情報量が膨大すぎて意思決定そのものが止まってしまいます。

限られた時間と認知資源を考えれば、人間はまず「考えなくてよいもの」を除外する必要があります。

つまり、

理性を働かせるためにも、感情による前処理が必要なのです。

野球でいう「選球眼」

この考え方は野球の選球眼に非常によく似ていると感じました。

一流の打者は、来た球すべてを振りません。

「これは見送っていい」

「これは勝負球だ」

この判断を一瞬で行っています。

もし毎球、

  • 球速
  • 回転数
  • コース
  • 打球期待値

まで計算していたら、間に合うはずがありません。

まず直感が不要な球を除外して、本当に打つべき球だけに集中します。

人生や仕事も同じではないでしょうか。

重要なのは「何を考えるか」だけではなく、何を考えないかを瞬時に判断する能力なのだと思います。

社会的な痛みも防衛本能

身体には痛覚があり、熱いものを触れば反射的に手を引っ込めます。

これは生存のための防衛機構です。

同じように、人間には社会的な痛みを感じる仕組みも備わっています。

「この人は危険そうだ」

「この場では踏み込まない方が良い」

「これは倫理的にまずい」

こうした違和感もまた、生き残るための警報なのだと思います。

もしソマティック・マーカーが失われれば、社会的な危険に対してもアクセルを踏み続けてしまいます。

その結果、人間関係や信用を失い、「社会的な死」に至る可能性すらあります。

感情は弱さではなく、生存戦略なのです。

システム1の精度をどう高めるか

「ファスト&スロー」では、システム1に基づく思考の不合理さに深く言及していましたが、だからと言ってシステム2に頼りきれといっているわけではありません。

むしろ、私にはシステム1の精度を上げることも重要であるとも受け取れました。

本書では、ソマティック・マーカーは文化や教育によって形成されることにも触れられています。

つまり、直感は生まれつき固定された能力ではなく、経験によって磨かれていきます。

そう考えると、人生で重要なのはシステム2を鍛えることだけでなく、システム1そのものの精度を高めることではないでしょうか。

では、そのために何が必要なのでしょうか。

私が思いついたのは以下の3つです。

  • 古典をくり返し読む
  • 良識ある人との対話
  • 多様な経験を積むこと

こうした積み重ねで情緒を養うことが「これは危険だ」「こちらへ進むべきだ」という直感の質を少しずつ磨いていくのだと思います。

まとめ

『デカルトの誤り』を読んで得た最大の学びは、

情動なくして理性なし、という一言に尽きます。

感情は論理を邪魔するノイズではなく、むしろ理性が正しく働くための入口であり、限られた時間の中で最適な判断を下すための高速フィルターです。

だからこそ、論理的思考力だけを鍛えるのでは足りません。

日々の経験や読書、そして他者との関わりを通して、自分の「感じる力」を育てることが、結果としてより良い意思決定につながるのだと思います。

ABOUT ME
ラクダマル
ラクダマル
株式会社DeveloX代表
個人事業主3年目、法人2期目です。
大学卒業後、東京でサイバーセキュリティのエンジニア&コンサルとして勤務、2021年より地域おこし協力隊として九州に移住。
2024年より独立・起業。小中学校のプログラミング教育のサポートやシステム開発をしています。
ブログでは起業・独立・勉強したことを発信します!
趣味は読書とロードバイク。
https://develox.jp
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